TOOLS アイアンクラブ
ジガー(Jigger)の起源と役割
定義と機能的特徴
ジガー(Jigger)は、1900年代初頭に登場したアイアンの一種である。元JGA用具審査委員会技術顧問・佐藤勲によれば、その特徴は「低重心化を図った薄型(シャロー)フェース」と「パターのような短いシャフト」にある。ロフト角は現代の4~5番アイアン相当でありながら、極端に短いシャフトを備えていた。これは、グリーン周りからのアプローチに特化した設計思想に基づくものであり、現代の番手体系が確立される以前、既に「アプローチ専用の特製クラブ」としての地位を確立していたことが伺える。

W.L.リッチー監修「STAYNORUS」ジガー (1922〜1930年頃 / JGAゴルフミュージアム所蔵)
アディントンGCのプロ、W.L.リッチー(1884-1966)監修のアプローチ専用アイアン。ヘッドには独自の設計を示す「own model」の刻印がある。素材には当時最先端の錆びない鋼鉄「STAYNORUS(ステンレス鋼)」を採用。刻印の「L」は軽量(Light)モデルであることを示している
名称の変遷と「仕掛け」としての側面
「ジガー」という言葉は、機械などの「仕掛け(Jig)」に由来する。当時、このクラブを「ガジェット(Gadget)」と呼ぶ者もいたが、これは単なる道具を超え、状況に応じた「特殊なショット(変幻自在な小技)」を可能にするこのクラブの実用性を、見事に言い得ていた。ロンドンのアーミー・ネイビー・ストア(Army & Navy Stores)では、この種のクラブを「アプローチング・クリーク(Approaching cleek)」と称しており、実戦における具体的な役割がその名に反映されていた。また、古い記述に「マッシー(現代の5番アイアン相当)、ニブリック(同9番アイアン相当)とともに、ジガーを習え」と記されている点は、当時のゴルファーにとってジガーがいかに習熟すべき重要クラブであったかを物語っている。
起源と普及
ジガーの創出において最も重要な人物は、スコットランド・ノースベリックのプロ、ベン・セイヤー(Ben Sayers, 1856-1924)である。彼は1900年頃に相当量のジガーを製造した記録を残しており、その業績から、ジガーの正統な起源はベン・セイヤーにあると考えられている。特筆すべきは、セイヤーが世に送り出したジガーの多くが、セント・アンドリュースの名匠トム・スチュアート(Tom Stewart)によって鍛造されていた点である。スチュアートの象徴であるパイプのクリークマーク(Cleek marks)¹が刻印されたヘッドは、その卓越した品質によりジガーの普及を強力に後押しした。その後、アメリカのH&B(ヒレリッチ&ブラズビー)社からも、現代の4番アイアン相当のロフトを持つ「IJ(Iron Jigger)」が発売されたが、これはベン・セイヤーらの成功を受けての展開であった。なお、H&B社はそれ以上のロフトを持つものを「チッパー」と分類し、さらに「アプローチ・パター」をセットに加えるなど、ジガーの設計思想はのちのクラブセッティングの多様化に大きな影響を与えた。
文/井手口香
註
1)クリークマーク(cleek marks)とは、職人(Cleek Maker)の紋章や頭文字を図案化した刻印。現代のブランドロゴにあたり、品質の証としてヘッド裏面に打たれたもの。
参考文献
佐藤勲『私のゴルフ図書館』officeアイ・サトウ、1999年
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